新選組局長近藤勇の流派としても知られる、天然理心流剣術の公式サイトです。


 

ご挨拶

天然理心流試衛館 館主
髙鳥 天真

 流祖近藤内蔵之助先生が天然理心流を創られて二百数十年、今日に至るまで多くの師範を輩出し門人を育成してまいりましたが、それ故に系譜も多岐にわたり昭和の初期までは関東各地に天然理心流の道場がありました。後継者に恵まれず絶えてしまった道場も多い中、それでもこうして天然理心流が続いていることは大変有り難いことであり、流祖を始め歴代の師範には日々感謝しております。
 また、道場設立にあたり、新選組研究の第一人者である釣洋一先生より試衛館を再興せよとのお言葉をいただき、多くの各界有識者の皆様よりご賛同をいただいて、東京および京都において稽古の場を設けることができたのも、関係者各位と門人の皆様にご尽力いただいた結果であり、ここに厚く御礼申し上げます。
 江戸時代の天然理心流は、武術として現代とは比較にならない高いレベルにありました。それは近藤勇、土方歳三、沖田総司といった天然理心流の面々が新選組において活躍したことで実証しています。私ども試衛館では、道場を鍛錬の場とし、形だけにとどまらない武術としての形稽古と、スポーツ剣道とは異なる真剣を前提とした竹刀稽古を軸に、あくまで江戸時代の天然理心流を目指して稽古しております。
 微力ではございますが、単に伝統の継承のみならず、生きた武術としての天然理心流を追求し、後世につなげていくため、全力で取り組んで参りたいと思っております。


師範代 伊藤寛純

 「この室(へや)に入る者、すなわち天然理心の人なり」
 伝書にある流祖・近藤内蔵之介の言葉です。道場では身分の差別はなく、すべての稽古者が等しく“天然理心の人”であるということです。この平等主義というか、実力主義があるからこそ、農民出身の近藤勇が身分や藩にこだわらない新選組を作ることができたのでしょう。
 天然理心流は剣術の稽古をしながら、合わせて柔術も稽古します。剣術と柔術で全身をくまなく使いますから、おかげさまで肩が凝らなくなりました。なにより稽古では大きな声を出せます。気合です。大声だして、力いっぱい木刀振って。だから気分は爽快、身体も健やかになります。
 江戸時代、天然理心流の門人には農民が多かったので、稽古プログラムは武士でなくてもわかるように組み立てられていました。今日でも通用する優れたもので、試衛館ではそれに基づいて稽古しています。
 技の体系や新選組との歴史など、興味の尽きない流派です。伝わる技は一〇〇本以上あり、それを修めることは容易ではありません。けれど、一本、さらに一本と稽古することで、近藤内蔵之介が目指した「百度戦って負けなし」という“天然理心の人”になりたいと思っています。


湯浅 師範代並

 自分を女性と自覚するのは、やはり体格差だろうか。力がなかったり、体重が少なかったり、身長が低かったり。
 道場には屈強な男性が多い。その中で、力加減のされない打ち合いをしたりする。力加減をしてもらえたら楽だ。でもそれでは強くなれないし、何より楽しくない。
目一杯斬り込んでくるのを、体格では劣っている者が業によって、負かす事ができる。武術は小さい私にも闘える力をくれる。そんな稽古が楽しくないわけがない。
 武術の強さは隙のない美しさだと思う。
 ただ形を美しくするのではなく、強さという美しさを目指して精進していきたい。


田中 師範代並

 小生が剣術を学び始めた切っ掛けは、人生の一つの節目の年に海外の仕事に従事したことである。「日本人としてのアイデンティティや誇り、精神性を持って世界で活躍できる人材になりたい。」そう思い、剣術を学び始めた。
 なぜ「天然理心流 試衛館道場」を選んだか。
 それは試衛館が「生きた武術」を教え、「個人が強くなること」を目指しているからに他ならない。
  実際に入門して感じたことは、連綿と受け継がれている剣技の形をただ学ぶだけでなく、一つ一つの技の本質や骨、柔術においては力・崩しのメカニズム等きめ細かくご指導頂けることである。その他にも以下の幅広い稽古を行っており、この試衛館であれば真の剣士になれると確信している。
 ・竹刀稽古:気力・体力の限りを尽くして打突する精神を鍛え、剣の操作方法や実践の感覚を修養する
 ・丹田の鍛錬:丹田呼吸を通して煉丹(体内の気を丹田に集める術)を修養する
 ・多様な武芸の稽古:天然理心流として伝わる形稽古に留まらず、水術、薙刀、弓など武芸十八般を学ぶ機会がある。武芸十八般を学んでこそ、真の剣士となれる。
 強くなりたい、そして真の剣士を目指したいと思う方には、是非とも試衛館の門を叩いてほしい。真の剣士を目指して、共に切磋琢磨していきましょう。